Monday, November 12, 2012 - BY

シーンを刺激する アップカマー 、阿部涼太をインタビュー

今年行われたELEMENT主催のMake It Countコンテスト国内戦を勝ち抜き、アメリカ最終戦のハイオーリーコンテストでの優勝、US TransWorldThe Berricsにも出演を果たすなど大きな話題をさらった阿部涼太。最近ではLAKAIG-SHOCKの国内コンテストでも優勝を果たすなど、シーンを騒がせている。

ELEMENT:ハイオーリー優勝おめでとう!39インチ(1m)を跳んで優勝を決めた時の状況を教えて?
RYOTA:ハイオーリーはそこまで自信がなかったんだけど、やってみたら優勝できちゃったみたいな。徐々にバーが高くなるうちに Dustin(Blauvelt)との2人にしぼられて、1mの高さでお互いにミスって、合計20回ぐらい跳んだ結果、最後は俺が成功して、Dustinがミスって。優勝が決まった瞬間は何がなんだか分からなくて、ELEMENTのプロライダーや社長のJohnny(Schillereff)らに囲まれて写真とって、テンパってましたね。で、優勝の余韻に浸る間もなく、すぐに決勝が始まるってことだったんで、「次、もう決勝始まるの?どこで?」って慌ただしい感じでした。


E:ストリートパークでの決勝はどうだった?実力を出しきれた?
R:決勝は2つのスケートパークで滑ったんだけど、少し小さめのスケートプラザというパークとメインの大きいパークとで10分間ずつジャム セッションって感じで。実力は超出しきれたと思います。

E:b/sヒールフリップなど、全部で4カット映像が使われていたけど、狙ってたトリックはメイクできた?
R:5-0グラインド180アウト、ノーリーf/sフィーブル、フリップb/sリップ。実は他にもいろいろメイクしてて、メインコースのバンク toバンクで全越えのハードフリップや、ハンドレールでビッグスピンボードスライドもやったんだけど、撮られてなかった。。。でも、周りのみんなが「今の良かったね!」とか「超スティーズだったよ!」って喜んでくれたから嬉しかった。

E:優勝はカナダのJon Cosだったけど、表彰台の3人はどうやって選ばれたの?
R:スケートプラザとメインコースの2回のセッションでそれぞれ1番すごかった人が選ばれて、もう一人はハンドレールのベストトリック。優勝したJonとはずっと同じバン(車)で、PCでフッテージを見せてくれたり、超仲良くなって、いろんなことを教えてくれた。みんな良いやつでしたね。 大会って言うよりは上手いやつらと本気でセッションするって感じだった。毎日一緒にセッションしてたから、決勝も全然緊張しなかったし、気軽に滑れました。


E:コンテストに出るきっかけは?
R:俺は最初コンテストに出たくなかった。あまり好きじゃなくて。で、幸太(池田)くんと豪(上田)さんとブチ(川渕裕聡)くんに、「なんでアメリカ行けるのにそんなに尖ってんだよ!ハングリー精神が足りない!」って活を入れられて。でも出場したら、なんかすごく楽しくなっちゃって、結果優勝できちゃったって感じ。先輩達からの助言をもらって本当に感謝してます。最近はストリートでばかり滑ってて、仙台ではフォトグラファーのIsozakiさんと動いたり、山形のユウ(佐藤)くんとか海斗(村井)とかと滑ってましたね。あとナオ(阿部直央)くんとか祥太(菊池)くんともちょこちょこと。
 
E:アメリカ行きが決まったときの気分は。
R:嬉しかったんだけど、全然実感がなかった。本当にアメリカに行けるのか?って。海外に行くこと自体が初めてだったから、空港に近づくにつれてテンションがあがってきて、飛行機に乗るのも人生で2回目だったから楽しくてしょうがなかった。LAX空港を出たとたん、「車も道路もデカい!」みたいな。相当アガってました。

E:アメリカでの集団生活はどうだった?
R:初日はLAXの近くにあるBerricsの屋外パブリックパークに連れてかれて、ファイナリストのみんなと一緒に滑って。夜に合流するや つも いたんで、2日目にみんなと顔を合わせでした。自己紹介したら、日本人だからなのかみんな珍しがって、すごく親切にしてくれた。涼って自己紹介しても、「リョウ」って発音できないらしくずっと「ヨー!」って呼ばれてて、それが面白かったのか「ヨーヨー!」ってみんなが呼んでくれた。でも挨拶なのか名前を呼ばれてるのか区別がつかなくてテンパってた(笑)。2日目はTransWorldパークに滑りに行って、ビデオで見てる世界だったから「実際は意外と小さいな」みたいな感じだったけど、TransWorldのフィルマーがいたから「とにかく滑ろう」ってなって。ひたすら滑ってましたね。


E:f/sスミスtoフリップアウト、良いのを残してたよね?
R:みんなすごいトリックばかりをやってるから、自分も良いのを残したいなってチャレンジしました。日本とアメリカは全然違いますね、規模が。向こうではみんなが見たことも聞いたこともないトリックをバンバン決めるんすよ。ハードフリップf/sノーズスライドとか、ハードフリップb/s リップtoショービットとか、スイッチb/sテールブラントとか、みんな簡単にメイクしてた。「もっと頑張んないと」と思いましたね。

E:アメリカでいろんな影響を受けてきたんだ。
R:向こうで動いているうちに100%考えが変わりましたね。言葉が上手く通じないから、良い訳もできない。「足が痛い」「疲れた」「調子が悪い」とか、みんなそんなこと一言も言わないで滑ってる。プロになりたいのか分からないけど、みんなひたすら滑ってるんですよ。それを見て今後は言い訳をしないことに決めました。

E:ELEMENTのプロには会った?
R:Mark AppleyardとLevi Brown、Julian Davidson、Nassim Guammazとか、FlipのLuis Lopezにも会いました。

E:最終戦の後に行った、屋内のBerricsパークはどんな感じだったの?
R:昨年のDVDを観てたから、Berricsに近づくにつれて「あ、この辺だ!」みたいな。パークに入って滑り始めたら、1週間フルで滑ってたから体が全然動かなくて。で、俺のやりたいトリックを他のやつらが次々ファーストメイクしちゃうんですよ。でも3トリック残せたから良かった。 ノーズグラインド、b/sヒールフリップ、インポッシブル。パークにはKenny AndersonとEric Kostonもいましたね。

E:集団生活を通して特別ヤバかったやつは?
R:Jon Cosが一番ヤバかった。スケートもキャラも。みんなテンションが高くって、ずっと一緒で、言葉も通じなかったけど、全然ストレスは感じなかった。一緒に スケートして楽しかった。

E:東京に出てきて最近の活動はどんな感じ?
R:とりあえずスケートがしたいって感じで出てきて、メディアやメーカーも近いし、幸太くんとか松尾(裕幸)くんとか一緒に滑れる友達も多いから来た感じですね。いつもはThomas Filmsのトーマス君とか、松尾くんにも映像を撮ってもらったり、稜(瀬尻)と一緒に動いたり。みんなで集合して撮影に行く感じ。で、今、上井陵と一緒に住んでます(笑)。ガキの頃から、陵(上井)とは仲が良くて、埼玉と仙台だったけど連絡も頻繁に取ってて。今は面倒みてもらってますね。シェアしてる。

E:今後の目標は?
R:名前を多くの人に知ってもらうこと。メディアで特集されたり、ビデオパートを残したい。最終的には自分のモデルを出して、海外でも活躍できるプロスケーターになりたい。とりあえず早くLAに帰りたいですね(笑)。

name:Ryota Abe / 阿部 涼太 / あべ りょうた
born:1993年7月17日生まれ。宮城県仙台市出身

interview by Element Japan

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